【身分差の恋】歴女も魅了する細かい描写、貴族とメイドの恋物語
連載でお届けする「13年来の歴女がハマった物語たち」。第1回は、森薫さんの「エマ」を紹介します。
【13年来の歴女がハマった物語たち】第1回 「エマ」

森薫「エマ」あらすじ
19世紀末のイギリス。主人公のエマは元家庭教師の老婦人・ケリーの屋敷で使用人として仕えるメイドだった。ある日、足を挫いたケリーの許に昔の教え子であった上流階級(ジェントリ)のウィリアム・ジョーンズが見舞いに訪れる。ウィリアムはエマに一目惚れし、不器用かつ控えめながらも好意を示す。そんなウィリアムの気取らない優しさにエマも好感を抱いていくが――
イギリスの厳しい格差社会を描いた作品
舞台は産業革命後のイギリス。大衆文化が発展し、人々の生活も安定したヴィクトリア朝でした。当時のイギリスは、各地に植民地を持ち、欧州の列強として君臨した全盛期です。そのため、豊かで平和ですが、最も階級に厳しい時代でもありました。
「英国はひとつだが中にはふたつの国が在るのだよ。
すなわち上流階級(ジェントリ)以上とそうでないもの」(「エマ」単行本1巻、184ページより)
ウィリアムの父・ジェームズが、エマとの結婚を考える息子に対して言い放った言葉です。
当時のイギリスは、上流階級(貴族・ジェントリ)・中流階級(専門職・経営者)・下流階級(労働者)の3つの階級に身分が分かれていました。階級が違えば、受ける教育や生活様式が全く異なってきます。
幼い頃から親元を離れ一流の学校に通え、衣食住に不自由のない上流階級。それに対して、中流階級や下流階級は自分たちの生活を支えるために、学生であっても働かなければなりませんでした。さらに下流階級では、物心ついた時から住み込みで働きに出なければならない者もいたのです。
こうした格差社会の中で、上流階級の者の中には、下流階級の者を見下す人も当然いました。上流階級は結婚に関しても面子を重んじなければならず、ウィリアムの父・ジェームズの言葉は、イギリスの階級制度による人々の心証の違いを表した言葉だったのではないでしょうか。
エマとウィリアムの恋路を阻むのは!?
エマとウィリアムは両想いになりますが、ウィリアムは、父・ジェームズによって、侯爵令嬢と婚約させられてしまいます。
寝耳に水だったウィリアムは、エマと結婚したいと家族の前で告白します。しかし、父親をはじめ4人の弟妹からも「上流階級の跡取り息子がメイドと結婚なんてありえない!」と大反対されてしまうのです。
上流階級は、舞踏会や晩餐会といった「社交界」への参加が必須でした。社交界は、結婚相手を見つける場でもあります。資産を持つ者や位の高い貴族たちと結婚すれば、自分たちの血統・家名にも箔がつくだけでなく、資産も得られます。また社会的地位もグンとあがります。社交界の華やかさの裏では、家同士のマウンティングが行われていたのです。
ウィリアムとエマが、仮に無事に添い遂げたとしても、その後も健やかに過ごすためには、この「マウンティング地獄」な社交界で生きていくための精神的強さも必要なのです。
「身分差」と「社交界」、この2つの壁をどのように乗り越えていくのか。その様子が「エマ」に描かれています。
■歴女・豆実の萌えポイント!
それでは本作の「歴女・杏仁豆実の萌えポイント」を解説していきましょう!
本作で描かれる「身分違いの恋」は、女子としては心惹かれるところ。しかし、歴女として、もっとオススメなポイントは「綿密な背景」と「人物描写」です。
現代では「メイド」というと、フリルの膝上スカートにふりふりのカチューシャ、そして萌え萌えキュンなんかしている可愛らしい女の子のイメージをする人も少なくないでしょう。
しかし「エマ」で描かれるのは黒のロングスカートに白い無地エプロンという、質素な姿をした、伝統的なメイド姿です。そして服装だけでなく、メイドたちの当時の様子も事細かに描かれています。
(C)森薫・エンターブレイン/ヴィクトリアン文化研究会
「エマ」第2巻
大きな屋敷では、メイドと呼ばれる者は複数人いて、それぞれが別々の役割を担っています。女主人の身の回りの一切を取り仕切るレディースメイドやウェイティング・メイド、洗濯担当のランドリーメイドに、料理を担当するコックのサポーター役キッチン・メイド。そしてその全てを統括するハウスキーパー。
さらに「メイド・オブ・オール・ワーク」というのもあります。これは1人で家のことをすべてこなすメイドのことです。主人公・エマはこの「メイド・オブ・オール・ワーク」です。
歴女的には、こういった時代背景を無視しない、細かい描写が重要なのです。「ああ、これは違うわ…」と途中でツッコミを入れてしまうと、思わず作品に集中できなくなってしまいますから(笑)
スポットをあてられない人たちへ“光”を当てた作品
これまでも多くの作品で、ヴィクトリア朝が舞台に描かれてきました。しかし、その多くが、華やかな貴族にスポットが当てられた「夢のあるシンデレラストーリー」ばかりです。それに対して、本作はメイドを中心に「中・下流階級の生活」にもスポットをあてているのが特徴的です。
「エマ」は、貴族とメイドの恋物語だけでなく、ヴィクトリア朝を過ごした人々の生活を想起させる、まさにどっぷりとその世界に没入できる作品なのです。
(C)森薫・エンターブレイン/ヴィクトリアン文化研究会
「エマ」第1巻
(文・杏仁豆実)