涙する娘と、出逢いを求める青年たち【実録!流しの仕事術】第3夜
流し、それはアナタを元気にするオシゴト。実録!流しの仕事術は、現役の流し・パリなかやまが、横丁の徒然なる日々を語ります。
想い出を語る娘
●月●日
私が酒場のお客さんに配り歩いている歌のメニュー表がある。興味のありそうな人に渡しておいて、注文をいただく仕組みだ。その紙を手に取りながら「山下達郎ありますか?」と訊いてきたのは20代の娘さんだった(むむ、若いのに渋い!)。ふつうの娘のチョイスじゃありません。
どんな名曲、名歌手といえども、時の流れの中で世間から忘れられていく。だいたいリクエスト曲で多いのは、いま流行りの歌、それから、リクエストする人の青春時代の流行歌だ。また、ある歌手やアーチストの特別なファンである場合もある。どちらにせよ、それらを歌い継ぐのが流しの任務である。
さて、彼女の場合は、青春音楽が「山下達郎」というわけでもなく、特別なヤマタツフリークというわけではなかった。「山下達郎」は、お父様との想い出の音楽なのだそう。ドライブの時、いつも流れていたのだとか。
たしかに現在アラフィフくらいがドンピシャの山下達郎リスナー世代だろうか。そんなシティポップス(山下達郎の歌)を流して、娘とドライブ。なかなか洒落たパパであります。彼女は、お父さんのことが大好き!みたいな口ぶりだ。
リクエストされた「Ride on time」は山下達郎御大の代表曲とも言えるもので、私もお気に入りだ。2000年代に木村拓哉主演のドラマ「Good Luck!」で、主題歌になったことでリバイバルし、若い世代にもまあまあ知れている。青空を思わせる爽快な曲で、私も日曜日にドライブするようなイメージでもって、これを歌う。
ところが、だ。この開放感あふれるナンバーに、娘さん、目を赤くして泣いているではないか(上手に歌いすぎただろうか?)う~ん、泣くような感じの歌ではないのだが。
事情をきくと、大好きなお父様は、近年他界してしまったんだと。そして、この曲は御葬式でも流した特別な曲であった(そうとは知るはずもなく気持ちよく歌いあげてしまった)。今までこの歌の歌詞に注目したことがなかったが、歌の最後のフレーズに気づき、あっ、と胸が震えた。
~飛び立つ魂に送るよRide on time~
はるばるきたぜ青年たち
●月□日
恵比寿の酒場といっても、実は東京の人があまりいないように感じる(流し調べ)。いまや恵比寿も人気の盛り場で、中でも恵比寿横丁はすでに観光地だ。どこかから、わざわざやってくる人も多い。
今日出会ったのは、遠方の米どころの町から来たというリュックを背負った青年2人。いつまでも席につかずウロウロしている。ただでさえ人が多いのに、こういう連中がいるから横丁がなおさら混むのだ!流しはギターを縦に抱えて一層キュウクツである。
彼等の真後ろにピッタリつけて通路を進むよう穏やかにプレッシャーをかけると、ハッとして身をかわし「すみません、あの~」と話しかけてくる。
「はじめてきたんですけど」横丁での立ち振る舞いをどうしたら良いか、尋ねられた。
どうもハッキリしない若者だ。なんか出逢いがアルって聞いてきたんですけど~、どうしたらいいんでしょうか~、という感じだ(まったく!)。
酒場なので、まず席に座って酒を飲んでください、としか言いようがないのだが、こんな風に訊かれると何だかカワイイもので、つい大胆なアドバイスをしたくなるのが人間だ。
そこでまず「女子トイレが行列している。そこへ名刺を出して挨拶するのが吉だ。」と教えてしまった。けっこう勇気がいるが、デタラメではない。それを狙ってトイレ前に席を構える連中までいるのだから。
はたして、この2人がこれを実行したのかどうか見届けていない。ただ、深夜2時頃、彼等がまだフラフラしているのは見た。いずれにせよ、横丁を楽しんでくれたなら幸いだ。できれば歌もだが。
(文・パリなかやま)