だって同期だから。―スナックノンノン第2夜
不器用なママが自分の話を語る「スナックノンノン」。
今夜は、会社員時代の「同期」とのお話です。プライドが高くて、彼らとケンカばかりしていたわたし。同じような思いをしている人の心に、届きますように。
*
新卒で入った会社の同期は、わたしを除いて3人。全員イケメンで、オシャレな男だった。同期だからと、イケメンと飲めるのは“おいしいな”と思い、わたしは浮かれる。
わたしたちは入社前から何度か遊んだ。楽しかった。でも、楽しいのはそれまでだった。
入社すると“楽しい”だけじゃなくなる。一緒に仕事をし、近くにいる分、嫌な部分が目立ってくる。
わたしは同期の「レベルの低い」仕事観が許せず、立ち飲み屋で持論を雄弁に語る彼らの話をつまらなそうに聞いた。彼らは彼らで、わたしの身なりのだらしなさに腹が立ち、わたしを指さして「俺は手垢だらけのメガネした女が大っ嫌いなんだよ!」と罵倒してきた。
わたしは負けじと、同期のネクタイをひっつかみ、メガネを拭いてやった。
わたしたちは顔を合わせるたびに衝突し、何度か胸ぐらを掴んでケンカもしたし、「バカにすんな」とか「ぶん殴る」とか、ひどい言葉を浴びせ合うこともあった。
「レベルが低い」と思っていた同期にイライラしたわたしは、当時付き合っていた彼氏に「会社の同期が頭悪すぎて話にならない」などと会うたびに愚痴った。
先輩から同期と比較されるような発言をされると、「わたしとあの子たちは違うのに」と心の中で立てついた。一緒にされたくなくて、1人だけ定時よりも2時間早く会社に行くことで、つまらない承認欲求を満たした。
毎日のようにケンカしていたわたしたちだったけど、正式な部署に配属された後は、滅多に一緒に飲まなくなった。仲が良くなかったというのもあるけれど、そもそも直帰が多くなり時間が合わなくなった。
ほぼ時を同じくして、わたしは段々と体調を崩していく。
会社の誰が悪いわけではない。理想と現実の自分のギャップに勝手に押しつぶされて、手が震え、めまいがし、片耳が聞こえなくなって、営業なのに外回りも電話もできなくなった。
他の営業の荷物運びを手伝い、発注を代行し、「ありがとう、助かったよ」と言ってもらえた。でも、わかっている。わたしは紛れもなく、存在価値がない。
そんな中、同期たちは颯爽と外出をし、先輩たちの信頼を得て、会社の中で存在価値を高めていった。
――わたしだって、外に出れば、電話さえとれれば、数字を立てられるのに。
わたしの病気が治らないなら、みんながヘマすればとか、病気になればいいのにとさえ思った。
悔しい気持ちもあったけど、わたしはきっと寂しかったのだ。同じスタートを切った仲間が離れていくような気がして心細かった。わたしを置いていかないで、と思った。無駄に高いプライドが邪魔して、口が裂けても言えなかったけど。
そうこうしているうちに、わたしは会社に行けなくなった。家で寝たきりになって、起きている時間に見えるのは白い天井だけ。夜になると「死ね」という幻聴が聴こえて、眠れなくなる。到底ひとりじゃいられない心細さだったけど、その頃あたりから当時付き合っていた彼氏とも連絡がつかなくなった。
わたしは本当に、ひとりぼっちになった。
*
底冷えする年末のある日、「忘年会するぞ」と同期から連絡が来た。
コンビニに行く以外で、外出するのは10日ぶりで少し怖かったけれど、わたしは街に出ることにした。指定された店は会社近くのいつもの店じゃなく、少し離れた格安居酒屋だった。気を遣ってくれているな、と思った。
働いていないわたしは、スーツに身を包んだ同期に引け目を感じて小さくなり、「何かみんな、働いている感じだね」とバカみたいなことを言った。同期たちは「お前はまじでもう少し肩の力抜けよ」と笑う。会社に入る前の集まりみたいに楽しかった。
お酒を飲みながら、ダラダラと中身のない話をしていたら、0時を回ってしまった。
終電の時間を調べ始める同期たちを見ているうちに、幻聴が聴こえ始め、震えが止まらなくなった。今日の夜もひとりで越えなければいけない。それだけのことがひどく恐ろしかった。
でも、あれだけケンカをしてきて、生意気なことを言った同期に泣き言を言うなんて到底できない。
「あ、俺、あと10分で終電だ」と1人の同期が言う。「あ、俺もだ」「じゃあ解散だね」帰る方向に話は進む。みんな帰ってしまう。頭の中で「お前なんか死ね」という声が聞こえる。帰らないで。いや、言えない。でも帰らないで、行かないで、わたしをひとりにしないで。
――ひとりじゃ眠れないの。
気づけばわたしは、一人の同期のスーツの袖を引っ張っていた。驚いたような顔をする同期。
わたしは「しまった」と思った。“大事に”守ってきたプライドが音を立てて崩れていくのがわかる。でももう、そんなこと関係なかった。
「わたし最近ひとりじゃ眠れないの。“死ね”っていう声が聞こえて、本当に死んじゃいそうなの。夜が怖いの。それから、みんながバリバリ働いているのがすごく羨ましくて、憎くて、どうしてわたしだけ病気になっちゃったんだろうって思ってた。ごめん。それから、今までひどいこと言ってきたのもごめん。でも、わたし今日ひとりじゃ眠れない。帰りたくない。みんなと一緒にいたいの」
オーダーしたばかりだという同期のスーツにシワがつくまで、その裾をぎゅっと握り、わたしはまくしたてた。帰路を急ぐ人たちがわたしたちを避けるようにして歩き、中州みたいになる。
沈黙が流れた。1人の同期が口を開く。
「仕方ないよなぁ。眠れないっていうなら朝まで付き合ってあげなきゃだよなぁ。負けん気強いし、ダサいし、口は悪いけど、のんさんも一応女の子だからワガママ聞いてあげないと」
「カラオケ行こうぜ。ちょうどバカ騒ぎしたかったんだよ」
「いいね、吐くまで飲んで歌おうぜ」
他の同期たちも口々に言う。
今度はわたしがあ然とする番だった。自分が同期を頼ることがあるなんて思わなかったし、いざ頼ってこんな風に優しくしてもらえるなんて思わなかった。どうして? わたしの脳内には疑問符だけが生まれた。どうして? どうして?
「ねぇ、どうして?」
近くのカラオケを検索し始めた同期を呼び止めて、わたしは訊ねた。
「どうして優しくしてくれるの? ひどいことたくさん言ったのに……」
1人の同期が振り返って当たり前のように答える。
――だって同期だから。
*
その晩の記憶は曖昧だけれど、カラオケで強めのお酒をガンガン煽ってソファの上で思いきり飛び跳ねた。飛び跳ねすぎて態勢を崩し、壁に頭を打って笑った気がする。何回か吐いたし、みんなも吐いていた。みんなで肩を組んで懐メロを歌った気もする。
目が覚めると、わたしは新宿駅のトイレに座っていた。
スマホをなくし、財布と楽しかったなという気持ちと、ひどい二日酔いを手にし、電車に乗って家に帰った。夜はすっかり明けていた。
年が明けてもわたしはまともに会社に行けず、結局会社を辞める。フリーランスになったわたしには同期がいない。今思えば社会人になってからの仕事絡みの友人で、あんなに本音をぶつけて、弱みや醜態を晒せる人なんて他にいないなと思う。
社会人になれば、「制約」や「抑圧」があって、今まで信じてきたことが否定されたり、我慢しなければならなかったりすることがままある。そこで溜まった鬱憤を、愚痴や攻撃という形にして、お互いがお互いにぶつけあった。みんな、それぞれの「正義」を守ろうとするのに必死だった。
そんな汚い葛藤をも受け止め合える器が「同期」だったんだと思う。
いろんなプライドが邪魔するかもしれないし、愛憎極まって憎いときのほうが多いけど、それでも仕事をしていくうえで、同期に支えられていたところは大きいな、と懐かしく思う今日この頃だ。
*
同期って不思議な存在です。ケンカすることも面白くないこともあるけどさ、何の巡りあわせか一緒に居合わせた仲間と、本音をぶつけあいながら、切磋琢磨しながら、お仕事頑張れますように。
辛くなったら一緒に飲もう。
明日も元気で働けるよう、今日もビールで乾杯ね。
(文・佐々木ののか)